渡月橋と小倉山

朝食で栄養を補給していきます。今日は嵯峨の方へ行きます。

渡月橋

嵐電で嵐山に向かいます。とても綺麗で素敵な電車でした。

嵯峨に降りました。

渡月橋です。この橋の上流が大堰川、下流が桂川になります。やはり河床が広く浅く宇治川や鴨川と似ています。

橋を渡りました。向こうに見える尖った山が一昨日行った比叡山です。

橋の向こうの低い丘みたいな山が小倉山です。

小倉山 峰のもみぢば 心あらば いまひとたびの みゆき待たなむ

貞信公(藤原忠平)

清涼寺

清涼寺にやってきました。

多宝塔

本堂で中には平安時代に奝然が宋より持ち帰ったと言われる本尊の釈迦如来像が安置されていました。37歳の釈迦の生き姿を刻んだものです。

忠霊塔

弁天堂

源融の墓です。源融は嵯峨天皇の第12皇子で光源氏のモデルと言われています。本堂の隣の阿弥陀堂には平安時代源融の山荘「棲霞観」が建っており、嵯峨院の一画でした。この棲霞観の位置が、源融が光源氏のモデルだとする根拠の一つで、光源氏によって建立されたとする「嵯峨の御堂」は「松風」の巻に「大覚寺の南のほうにある」と記述があり、これは棲霞観の位置にぴったり一致しています。

みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに

源融

旧嵯峨御所 大体山大覚寺

旧嵯峨御所大本山大覚寺です。平安初期嵯峨天皇がこの地に離宮嵯峨院を建て大本山大覚寺の前身となりました。

令和8年嵯峨天皇奉献大華道祭をやっていました。

宸殿の写真を撮り忘れてしまいましたが左近に桜でなく梅があったのが印象深かったです。平安初期だからのようです。

あれよあれよで進んでしまい大沢池の方へ出てしまいました。

大沢池は日本最大の人工庭池です。

心経宝塔

やはり皇居に雰囲気が似ています。

名古曽の滝跡

滝の音は 絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ

藤原公任

大沢池を一周したら通路が塞がっていて戻れませんでした。もう一度戻ってゆっくり見たかったのですが、このまま華道芸術学院へ行きスタンプラリーを完成させることにしました。

カキツバタです。

駅の方へ向かって行くと凄い人で車も渋滞していました。勿論ほとんどは外国人観光客です。そんなに広い道ではないので完全なオーバーツーリズムです。

12:51、少し遅い昼食ですが折角京都へ来たので湯豆腐を食べてみることにしました。

竹林の道と野宮神社

竹林の道に入るところですがまるで原宿みたいな感じでした。

竹林の道もこんな感じでした。

野宮神社は源氏物語にも出てきた古社です。

人がいないと神秘的な感じの道だと思います。

常寂光寺

藤原定家が庵を結んだ小倉山の中腹にある桃山時代創建の古刹です。

仁王門

本堂

多宝塔

展望台から見た眺め

ここは珍しく桜が無い所で小倉山の中腹に登ることからもあまり日本人はいませんでした。外国人率が8割を超えると言っていました。外国人にとっては珍しいようです。

こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ

藤原定家

大堰川

コーヒーを飲んだ後嵐山公園の展望台に来ました。展望台から見下ろした大堰川の風景です。上が上流になり、向こう側に川に沿うように歩道があります。

嵐山公園

嵐山公園を降りて大堰川です。渡月橋の上流側です。

屋形船や漕ぎボートが見えます。

今度は渡月橋を渡って堰の所に来ました。

展望台から見えた歩道を上流の方に向かって歩いていきます。

先の展望台から見えた更に上流の景色です。結構歩きましたが、ここら辺で引き返しました。

ここが展望台から見下ろした所です。上に展望台のデッキが見えます。

最後にもう一度渡月橋と小倉山を見てから帰りました。17:23。今度はトロッコ列車に乗り保津川下りもやってみたいです。そして天龍寺も行ってみたいです。