仁徳天皇陵を気球から眺めた風景

2026.9.5(土)~8(火)秋の一人旅で大阪~高野山方面を回ってきました。その回顧録です。

仁徳天皇陵

6:02品川から始発の新幹線に乗り新大阪へ向かいます。天気はあまり良くありません。新大阪で御堂筋線に乗り換え難波へ。難波から南海高野線で三国ヶ丘駅へ来ました。ロッカーへスーツケースを預けました。9:30

三国ヶ丘駅前にある周辺の地図ですが、仁徳天皇陵を中心とするいわゆる百舌鳥古墳群です。

駅から仁徳天皇陵を反時計回りに回ってみました。柵の向こうに外堀が見えますが、更に中、内と三重の堀になっています。5世紀中頃(古墳時代中期)の古墳で周濠を含めた南北の長さ840m、東西の長さ654m、周囲の距離2718m、面積464,124mで日本最大であり、また世界最大の墳墓でもあります。世界三大墳墓(仁徳陵、クフ王のピラミッド、始皇帝陵)の一つです。仁徳陵の周りにはたくさんの陪塚:ばいちょう(小さな古墳)が見られます。一周するのに40分かかります。

中心部に来ましたが見れるのはここまでです。向こうに鳥居が見えます。ボランティアのガイドさんがいて興味深い話を聞けました。仁徳天皇陵と履中天皇陵から発掘した品を炭素年代測定法で解析してみますと、どうやら履中天皇陵の方が古いようです。仁徳の息子が履中ですのでこれでは矛盾してしまいます。よって今ではここを大仙陵古墳と呼んでいるようです。

上空から見た図です。墳丘の全長(縦幅)486m、後円部の直径249m、前方部の幅307m、高さ35.8mです。江戸時代までは自由に出入りができ装飾品は盗掘にも遭っているようです。日本史の教科書では空白の150年後いきなり宋書倭国伝に倭の五王として賛・珍・済・興・武として天皇が出いてきます。済・興・武に至っては允恭・安康・雄略天皇で異論が無く、賛に至っては応神、仁徳、履中、珍に至っては仁徳、反正を当てる説があります。ここを暴くといろいろなことが分かり空白の150年の謎が解けると思いますが、宮内庁は皇族の方を忖度して、また景観を損ねることを考慮し許可していません。今でも謎に満ちた場所です。

堺市博物館

向かいにある大山公園にある堺市博物館に来ました。入館料は200円です。

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仁徳陵の副葬品のレプリカです。銅製金メッキの甲冑、ガラス器、金具がついていない鉄刀です。その奥には実物大の竪穴式の石棺がありました。仁徳陵の被葬者は相当身分が高かったのが分かります。

江戸時代に後円部に石棺が存在し、発見時に描かれた甲冑の模写があったようです。それを再現したのが先の金メッキの品です。他に馬の頭、馬具等の埴輪がありました。

履中天皇陵で発見された甕形埴輪の一部です。履中天皇陵はこの後一周することになりますが日本で三番目に大きな古墳です。ちなみに二番目に大きいのが応神天皇陵(誉田御廟山古墳)でここから少し東の古市古墳群にあります。当時は半島から渡来人たくさん渡ってきて堺港で降りますが、ここは丁度その近くの丘陵地で、自分の力を見せつけるためにここに古墳を立てたのだと考えられています。

履中天皇陵

12:40昼食で近くのいころばカフェテラスで和牛カレー(900円)を食べました。ご飯の量が少なく物足りなかったですが味は良かったです。

大仙公園の風景です。

おおさか堺バルーンに来ました。しかし当日受付は停止中でした。仕方なく履中天皇陵を一周することにしました。

履中天皇陵古墳は5世紀前半にでき、墳丘の全長(縦幅)365m、後円部の直径205m、前方部の幅235m、高さ25.3mで日本で三番目に大きな古墳です。5世紀前半ですので仁徳陵より古いのが分かります。

ここが正面です。これが本当は仁徳陵で、現仁徳陵が履中陵なのかもしれません。調べて見ますと学術的にも仁徳天皇陵は仁徳天皇の墓と断定できる証拠は十分でないようです。日本書紀によると仁徳天皇陵は百舌鳥耳原にあると伝えられています。そして仁徳天皇は仁政を敷き、大規模な灌漑工事で広大な田地を得、その治世は聖の世と称えられているため、宮内庁が百舌鳥耳原にある一番大きな古墳が仁徳天皇陵に相応しいと考え、仁徳陵を仁徳天皇の墓定めたようです。しかし学術的には不十分で仁徳陵を大仙古墳と言っています。尚日本書紀によりますと仁徳陵の工事中鹿が出てきて倒れ、調べてみると鹿の耳から百舌鳥が飛び去り耳の中が喰い裂かれていたのでここを百舌鳥耳原と名付けたようです。日本書紀は作り話が多いので、このような記述を見ると仁徳天皇の存在すら疑わしくなってしまいます。

履中天皇陵はミサンザイ古墳とも呼ばれ内濠の幅が広く、昔は外濠も全周していたようです。

再び公園に戻りバルーンに向かいます。どら池とその奥に見えるのが堺市平和塔です。

おおさか堺バルーン

15:06おおさか堺バルーンに並べましたので今度こそ乗ることができました。気球は人生初めてで今回最も楽しみにしていました。100m上空まで行きます。

履中天皇陵です。

仁徳天皇陵です。全景が見えると少し興奮してしまいます。外周からは見えなかった内濠が見えると神秘性すら感じます。ここに来て気球に乗れて本当に良かったなと思いました。

百舌鳥古墳群と言うだけあって上から見ると大小様々な古墳が見えます。

先の堺市博物館です。100mの高さというのは大体マリンタワーぐらいの高さですが、風景が大き目に見えるのがいい所です。そしてタワーの中とは違って外の空気に触れるというのは何とも心地のいい体験でした。料金は4200円でしたがこの経験を踏まえると私には安く感じました。

15:34堺市茶室 伸庵でお茶の時間です。私は旅のこのお茶の時間というのがとても楽しみです。疲れを癒しながらほっと一息の時間は何とも心地のいいものがあります。この後三国ヶ丘駅にスーツケースを取りに戻りそのまま大阪ベイプラザホテルへ向かいました。

旧堺燈台

大阪ベイプラザホテルの周辺の洋食屋で夕食を取りましたがこれが失敗でした。スープは拙く、ハンバーグは中が焼けていなく半生でした。しかし一人でやっていたのでまあしょうがないかなっと思いました。食べてから旧堺燈台まで歩いてきました。20:30木造様式燈台で1877年建造です。堺港のシンボルでその向こうに大阪湾が広がっています。潮の匂いを浴びてからホテルに戻りシャワーで体を流してから眠りにつきました。凄く充実した一日でした。